国策として自殺者数を減らし、年間自殺者数を2万5000人以内にしたいようだ。
医師の診たてでは私は「軽度から中程度のうつ」らしい。だがうつ病患者に多い「自殺志願」は全く無い。
3ヶ月前に、うつ病の新薬治験に協力したことがにあるが、副作用で発汗・嘔吐・「死ぬのではないか」という恐怖感におそわれ横に寝ている子どもの顔を見ながら「死ねやしない、死ねやしない」(ちびまる子ちゃんの野口さん風)と脳裏でぐるぐる回っていた。治験薬があっていなかったようだ。
そのとき、私自身にある「死にたくない」という生への執着を感じ、自分の新たな面を感じられた。
精神病の薬は自分にあうものに巡り会えるとホントに楽になれる。生への執着は特に感じないが「生きる事が楽になれる」からだ。
国策として色々な施設を造って(天下り先確保?)みたりするのもいい。
しかし精神科・心療内科へ受診しやすい雰囲気作りや職場で気軽に「うつ病休暇」がとれるようにすることも必要だと思う。職場で同僚が「昨日、歯医者言ってきたよ」みたいに「昨日、心療内科へ行って来たよ」って雑談できるくらいに周囲が受け入れてくれたら・・・。多分今の自分の環境では家族にも精神科や心療内科へ通っている事を隠しがちだ。
鬱々夫婦は互いに「うつ病」であることは知っている。私【妻】の両親も【夫】の父親も、抗うつ薬を服用しているが、60代以上の親世代は服用している事を極端に隠そうとする。外食の際に、【妻】の両親が【夫】に何を飲んでいるか分からないように食後に抗うつ薬をそっと飲んでいた。しかし【夫】も同じような薬を飲んでいるのだ。
あと、政府の案で、気になったのが自殺者数目標値があることだ。なんだか命を軽く見ているように思える。ダイエットの減量目標みたいで違和感を感じた。
それと、「死」の概念が希薄になってきているのかもしれない。60年前の大戦を体験した世代と戦後世代は「死」と「生」の捉え方が違う。「生きる続ける事の意義(楽しみ・つらさ)」を学校教育で学ぶ必要があるのかもしれない。